歴史5

*ビザンチン人* 395年~1453年頃まで繁栄したビザンチン帝国。 ビザンチンの服装は東洋およびローマの伝統を組み合わせたデザイン。 のちに、ヨーロッパの中世、ルネッサンス時代に大きな影響を与える。 (ルネッサンス時代大好きです) 男は顎髭と口髭をはやし、髪は適度に短く。 女は長い髪を頭に密着させて、輪郭をそのままに。 そして、手の込んだ宝石飾りのついたヘアネットや縁なし帽を被り、髪が完全に隠れない場合は、数珠つなぎの真珠を髪にからませ、真珠の垂れ飾りがついた宝石をちりばめた冠を被っていた。 宝石と真珠が大好きみたいです 東ローマ帝国は東洋の真珠市場と直接取引をして多量の供給を受け頭飾りやコスチューム全体に美しい真珠をふんだんに使っていた。 *聖クレメントの手柄* フェルト製造技術は中世暗黒時代に一度消滅してしまい、聖クレメントがその後再発見してくれた。 彼が旅に疲れた足の痛みを和らげようとウサギの毛皮を踏んでいるうちに、まるで奇跡が起きたかのようにより合わされ、強く丈夫でしかも快適な生地に生まれ変わっていることを発見し、後のフェルト帽体の製造技術に進んだそうです。 なので彼はなくなった後、帽子屋の守護聖人となりフランスでは毎年11月23日にはその徳をたたえられています。 …そんな話、恥ずかしながら知りませんでした… 今年から11月23日は聖クレメント祭をしようと思います (何をしたらええんやろか…) *聖職者* 初期のキリスト教会における宗教的献身のしるしは剃髪だった。 その後、白い亜麻布製の縁なし帽を。 4世紀には縁なし帽の上に金や銀の金属でできた飾りがつき、6世紀頃には宝石や琺瑯細工のついた宗教的な頭飾りが登場。 (聖職者も光り物が好きみたい) 11世紀までには冠の着用が祭司や司教に義務づけられた。 12世紀初頭、司教冠は二枚のとがった形のパネルで囲まれ、以後パネルの尖端は尖っていくばかりで、15世紀になると落ち着き今日のアーチ型になった。 司祭冠はその着用者が偉大な知恵を身につけるにつれて高さを増していったと考えられている。 コイフ(coif / ずきん)、ツケットー(zucchetto / お椀型の帽子)はギリシャから生まれあらゆる階級の人が被った。 布地の質や色で、地位や権力を表していた。 法王は白、枢機卿は赤、司教はスミレ、一般の僧侶は黒。 このように聖職者が頭巾などを被るのは剃髪や、ひどく寒い教会堂が原因になって生まれたものである。  

神戸エメラの帽子教室

「帽子を自分で作ってみませんか?」 I'm Japanese milliner in Kobe. I also teach hat making at home. Why don't you try to make a your hat with me? 帽子職人・研究家 エメラ

0コメント

  • 1000 / 1000